脳の処理能力や考え方は各自異なる
脳の情報処理能力には大きな個人差がある、という話をLesson2で取り上げました。脳のどの部分が活発に働くかでその人の情報処理能力は大きく変わりますし、コミュニケーションの上手い・下手にも重大な影響が出るのです。
しかし、世の中にはこの個人差を「間違い」と考えてしまう方がいます。古い考えの持ち主にありがちな傾向ですね。「話下手の聞き上手」と「話し上手の聞き下手」を二人並べると、前者より後者の方が絶対に良い、と深く信じ込んでしまうような方です。IQで比較すると実はほとんど差がなく、単に数値の割り振りが偏っているだけだったとしても、後者の方が優れていると判断してしまう。話すスキルの方がずっと重要だと勘違いしているからですね。
思い込みが生むすれ違い
たとえばこんなシチュエーションを想像してみましょう。
Aさんは仕事の内容報告をメールで済ませました。しかし、Bさんはこれを良くないものとして、ちゃんと営業時間内に電話で報告するように、と指導しました。しかし仕事の内容報告は緊急性のあるものではなく、電話でもメールでも必要なことは全て伝えられます。
Aさんは「営業時間内にわざわざ電話をするのは無駄、メール一本で片付けるのが正しい」と主張しています。一方、Bさんは「メールで仕事の報告をされても届いたかどうか確認できない。ちゃんと電話で報告を行うべきだ」と譲りません。

さて、正しいのはAさんとBさんのどちらでしょうか。
この問題に答えはありません。AさんBさんどちらの考えにも正しさがあります。大した報告でないならメールで送ろうと電話で話そうと差はありませんから、相手を束縛せず好きな時間に送れて好きな時間に読んでいいメールの方が便利で使いやすいでしょう。
一方Bさんのようにちょっと古いタイプは、何があっても電話や口頭で報告を聞きたがります。それはメールの使い方に手慣れていないからという問題ではありません。メールでは重要なメッセージを読み落としてしまったり、大事な連絡が来ても気付かない可能性があるからです。メールはいつ送ってもいつ読んでも良いのですが、それゆえ翌日になってメールチェックしてから大事な連絡に気付くと致命傷になりかねません。
緊急の用件は電話で連絡し、急ぎでない場合はメールで送るという使い分けが出来れば万事解決するのですが、AさんもBさんもお互いのやり方に固執して相手の考えが読めず、なぜAさん(Bさん)はそんな「間違ったやり方」を採用するのだろうか……と悩んでしまうことになります。
お互いの常識を検討しよう
脳の情報処理能力に見られる個人差は”間違い”ではありません。これは非常に理解しやすい考え方です。得意不得意の癖は生来のものと環境由来のものがありますが、それはあくまでも個人差であって「喋る度にどもるから間違っている」という風に決めつけてはいけないのです。
しかし、お互いが生きて来た常識の違いは、実はそう簡単に意識できるものではありません。なにしろ「そうするのが当たり前」の世界で生きて来たわけですから、相手の考えを最初から「間違い」として否定してしまう恐れがあります。
メールの世界で生きて来た現代人にとって、必ず電話が必要だと考える人は「時代遅れ」です。しかし、絶対に電話すべきだと教え込まれてきた人にとって、メール一本で済ませるのは「非常識」です。そうして相手を「時代遅れ」「非常識」だと決めつけてお互いを貶し合うような関係になってしまっては、絶対にコミュニケーションは上手くいきません。
常識を疑う逆さメガネ
悲しいすれ違いを防ぐためにも、自分の常識がきちんと世界のスタンダードかどうかは確認しておく必要があります。しかしこの手の偏見はなかなかなくせるものではありませんし、相手が自分とは違う世界に生きていると考えるのは難しいものです。誰しもが豊かな想像力と相手の常識を認める度量を持ち合わせているわけではありません。
このLessonで述べたことは「直しようがないかもしれないけれど、意識することは出来る」ものです。柔軟な発想力を持つこと、そして相手の常識を認めるための練習は、不幸なコミュニケーションを産まないための守りの努力です。
守りの努力のためには様々な方法があります。自分の知らない世界に行くというのはその最たるものでしょう。日本から外に出て、自分たちとは180度違う生き方をする人々を見て、その世界や考え方を尊重する。見聞を広める。そうすることで、年上や年下とのコミュニケーションに対する保険をかけておくのです。
手っ取り早く異世界を体験する方法として「逆転メガネをかけてみる」というものがあります。逆転メガネとは、人間の脳が視覚から得た情報を処理する際の方法を逆手に取り、上下反対の世界を映すというものです。
実際にこの眼鏡をかけてみるとどのようなことが起こるのでしょうか?
頭が視覚から入って来た情報を理解しようとして、視野が上下左右に激しく動いてしまいます。それに伴い吐き気や頭痛に襲われ、ほんの数時間でまともに立っていられなくなります。
しかし何日もかけて慣れてくると、今度は逆転メガネをかけたまま歩いたり自転車に乗ったりするのも平気になります。
自分の知らない世界を受け入れるのはそのくらい難しく、最初はどうしても拒否感が付きまとうものです。それでも人間には適応能力がありますから、意外と早く順応してしまうこともあります。
このLessonで例として挙げたAさんやBさんも、常識を疑うための練習をしていれば、相手の立場になって考えて和解が出来たかもしれません。