集団から個へ
2010年、マーケティング・コンサルタントのタラ・ハントは『TwitterNomics』という単著を出し、新しい時代のコミュニケーションの考え方について一石を投じています。タラ氏は作家のコリイ・ドクトロウが発明した「ウッフィー」という概念が、今後のインターネット社会において非常に重要になると説いています。
ウッフィーとは他者への貢献によって溜まる善意のポイントのようなもので、他人に良いことをしてあげるとウッフィーが溜まり、回りまわって自分の得になります。
「〇〇に来てるんだけど、近くに美味しいお店はないかな」という呟きを見たとしましょう。そのときあなたはおススメのお店を教えてあげるとします。このような善意に基づく行動で気前よく他人を利することで、インターネット上のあなたの評価はどんどん高まっていきます。そのように少しずつ徳を積み重ねていくことで、その評判を知る人々はあなたを高く評価し、あなたの利益になるような行動をとるようになります。
新しい時代の方法論
インターネットではマス・コミュニケーションで使われたようなコミュニケーションの方法論はなかなか通用しません。素人だらけの世界ですから、プロの技に対しては「自分を騙そうとしているのではないか」と敬遠してしまいますし、危機感を煽るような語りかけは相手を不安に陥れるだけですし、この商品を買えという押し付けは悪い結果を産んでしまいがちです。しかもインターネットの恐ろしいところは、個人が相手の悪を容易く断罪できるところにあります。
たとえばあなたの家に映りの悪いテレビがあったとしましょう。新しいテレビを買い替えたいのですが、古いテレビを捨てるにはお金がかかります。そこであなたは付き合いのある人に古いテレビを「映りが悪いという大事な情報を隠して」格安で譲ることにしました。その結果は容易に想像できますね。あなたは粗悪品を押し付けるような人だという印象を抱かれてしまい、評判を自ら傷つけてしまいます。
逆のパターンを想像してみましょう。インターネット上で付き合いのある人が「テレビが欲しい」と言っていて、あなたはテレビを買い替えようとしている状況です。現在手持ちのテレビでも相手の求めているスペックにはピッタリであり、貰ってくれるなら、ということで相談を持ち掛けます。交渉が上手くいくと、相手からは良い取引相手として記録され、あなたの評判が上がります。

インターネットの時代において重要なのは、不特定多数に商品を売ったり不要な情報を押し付けることではありません。ネット上には様々な情報が氾濫しており、不要な情報は自分の生活に流れ込んで来るゴミのようなものという印象を抱かれてしまいます。「ネットの定額制が定着して通信料がタダになったから、広告情報をどんどん流しても問題ないはずだ」と考えるような広告業者もいますが、これは受け手からすればゴミを投げつけられているようなものです。
しかしながら、逆に相手の声にきちんと関心を向けて、今欲しているものを提供したり相手を利することを考えて行動すれば、あなたの評判は問題なく上がっていくはずです。インターネットは物理的な距離を埋めることができるテクノロジーですので、かつて最も強力であった対人コミュニケーションのテクニックである「口コミ」等が逆に重要性を増すのです。
インターネットやSNSがもたらしたコミュニケーション上の変化を簡単に説明すると、次のようになります。
- ラジオやテレビにより一対多のテクニックが重要になったが、インターネットやSNSの流行により「不特定多数」に働きかけるより「特定」の「誰か」を対象とするテクニックの重要性が増した
- 文字媒体だけではなく、画像・映像の創作がコミュニケーションの技術として扱われるようになった
- 相手がより語りやすい状況を作ることで相対的に恩恵が得られるようになった
現代の親世代はテレビ等のマスコミュニケーションで育った世代ですから、このように現代的なコミュニケーションの方法論を理解していません。それゆえに、世代間で若干のコミュニケーションの齟齬が発生しやすくなっており、現代人はコミュニケーションが苦手と思い込んでしまっている可能性があります。
しかしながらインターネットにより重要度を増したコミュニケーションは、相手を利する態度が回りまわって自分の利益になるという、ある意味では本来の在り方に立ち戻るようなものでした。
テレビ世代のコミュニケーションの方法を念頭に置いてしまうと、どうしても「相手に伝える」「文章を論理的に並べる」「分かりやすい説明になるよう心がける」といった方法論に終始してしまいがちです。確かに意思疎通を行う上では相手に分かりやすく説明するのはとても大事なことですし、テレビ世代が間違ったことを言っているわけではありません。
ただ、そのコミュニケーションは50点なのです。自分の意思を伝えるだけでは素晴らしいコミュニケーションには成り得ません。相手がより語りやすい状況を作れるよう立ち回り、ときに話を誘導したりすることが大切です。インターネットの発達によって、現代人はまさにそのような利他的で理想的なコミュニケーションを実践する場に放り込まれていると言えるでしょう。
でも不思議だと思いませんか? 現在では子供も大人も毎日のようにインターネットに接続し、他者と交流を図っています。それなのにコミュニケーションに疲れてしまったり、苦手だと感じてしまう人が増えているのです。経験を積む場所が増えたのに下手になるという現象は、普通はなかなか起こりらないものではないでしょうか。
その原因は現代社会の変化から読み取ることが出来ます。次のLessonでは、社会の変遷がコミュニケーションの在り方に与えた影響を見ていきましょう。