テクノロジーの進化とコミュニケーション
Lesson1でも少し触れましたが、テクノロジーの発達により現代人のコミュニケーション能力は少しずつ従来とは異なる方向に変化してきています。
マスメディアが重要であった20世紀までは、大衆に向かって大事なことを伝達するマス・コミュニケーション能力が高く評価されていました。もちろん当時から対人コミュニケーションも大事ではありましたが、それは人と直接会う場でのことです。
昔はリアルタイムで遠距離の人間と会話出来るようなテクノロジーがありませんでしたから、1対1の対人コミュニケーション、手紙を介した文字媒体によるやり取り、そして少数が大多数に情報を発信するマス・メディアを利用したコミュニケーション能力が重要でした。文豪や政治家など、私人同士で交わされた手紙は今でも保存されているものがあり、後世の人間がそれを歴史的資料として重宝し、手紙の書き方のお手本として広く世に流布するようになったりしたのです。
人類が誕生して文字を発明し、筆記が始まった時から、対人コミュニケーションとマスコミュニケーションの二つはコミュニケーションの大きな柱として長らく人類の意思疎通を支えて来ました。しかし、19世紀も終わる頃になると、ある発明がこの状況に一石を投じます。
遠隔コミュニケーションの登場
電気学が進歩したことにより、19世紀ごろに電信や電話といったリアルタイムのコミュニケーション手段が誕生しました。音声電信のアイデアが論じられたのは19世紀の半ばごろですが、グラハム・ベルの登場により電話関係の特許がつぎつぎ整備されていき、19世紀後半に入ってから少しずつ普及していきました。アメリカから日本に初めて電話が輸出されたのは1877年のことです。
1894年には無線通信が誕生し、遠く離れた人間同士によるリアルタイムの通信手段は一気に身近なものになっていきました。なかでも、有線でつなぐことが不可能な船舶同士の通信にはこれ以上ないほど有益なものでした。電話や電信はこのリアルタイム性を重視し、1対1のコミュニケーションに特化したテクノロジーとして進歩していきます。
人類の側も少しずつ変わっていきました。テクノロジーの発達に呼応するように、正しくて聞き取りやすい発音や通信の解読といった能力が重要視されるようになります。
ラジオの誕生
電信や電話が登場してから半世紀ほど後になって、ついにラジオが登場します。無線通信技術を基盤として設計されたラジオ放送が1920年に開始され、即時に1対多のマスコミュニケーションが成立するようになります。それまでは新聞や書籍などの紙媒体が中心でしたから、この変化はあまりにも大きなものでした。

それまでのマスコミュニケーションは「文字の読める人」すなわち教育を受けた層を中心とするものでした。新聞や書籍をいくら発行しても、そこに書かれた文字が読めるのは教育を受けた上層階級だけで、マスとはいえどコミュニケーションの対象は狭い範囲にとどまっていたのです。
ある程度の教養を前提としたやり取りであり、書き手に求められるのもそのような「教養」だったのです。声の大きさや聞き取りやすさなどは、かつてのマスコミュニケーションにおいては重要ではありませんでした。
しかしラジオの放送が今までの流れを大きく変えました。電波は国境をも越えていき、文字の読めない人にも肉声を届けることになります。アメリカでのラジオ放送の開始は即座に日本にも伝わり、1925年には日本で初めてのラジオ放送が開始されました。
テレビの登場
ラジオより遅れること数年、アメリカで実験的な放送が開始されます。その技術は瞬く間に世界各国を巡り、イギリスや日本でも1930年代には実験的な放送が開始されるようになりました。
テレビの登場は近代社会の様々なものを加速させていきました。日本の場合、一般家庭にもテレビが普及するのは戦後のことですが、大量の情報を一度に送信するマスメディアの力強さは他の追随を許しませんでした。番組の内容もさることながら、購買意欲を煽るコマーシャル等の洗練は、「いかにして他人に情報を伝えるか」という問題意識に直結します。
放送された内容を現実で真似する人が出るのもテレビの大きな特徴です。優れた運動能力を持った人たちの画面上のパフォーマンスや、映画やドラマの中での洗練されたボディランゲージは現実にも影響を及ぼし、テレビを通じたコミュニケーション技術が次第に蓄積していきます。
映画やドラマのシチュエーションにときめきを感じて真似してしまった、という経験をお持ちの方は少なくないでしょう。カッコいい言い回しや口説き文句は、実際に真似をしてしまうとなかなか滑稽に見えるものです。テレビに影響を受け、その真似をする人々にとっては、理想的な振る舞いと現実における自分の振る舞いの落差に強い失望を感じることになります。
テレビは20世紀を代表するコミュニケーションのお手本のようなものでした。一人が大勢に向かって語るときの喋り方、一対一のシチュエーションにおける振る舞い、大量の情報を分かりやすく伝えるための情報処理の仕方……そのような様々な要素が世間一般のコミュニケーション感覚に浸透し、在り方を作り変えていったのです。
しかしこの状況も、あるメディアの登場により大きく変わっていきます。次回は「インターネット」が与えた影響について学んでいきましょう。