Lesson2-3 IQテストで傾向を知る

心理検査を利用してみよう

脳の得意不得意を分析するには様々な方法がありますが、まずは社会的に信頼のおける心理検査を利用してみましょう。

脳科学の専門家は様々な心理検査を用いて脳の情報処理能力のばらつき具合を調べていますが、その中で最も広く使われているのは「ウェクスラー成人知能検査」(WAIS:Wechsler Adult Intelligence Scale)と呼ばれるものです。

ウェクスラーは1896年にルーマニアで生まれたユダヤ系アメリカの心理学者デイヴィッド・ウェクスラーのことであり、様々な分野で活用される診断的知能検査の開発者として広く世に知られています。今回挙げたウェクスラー成人知能検査以外では、児童向けウェクスラー式知能検査(WISC)、そして就学前ウェクスラー式知能検査(WPPSI)の二つがとりわけ有名です。

彼はアメリカのニューヨーク市立大学を卒業したのち、コロンビア大学の心理学者エドワード・リー・ソーンダイクやジェームズ・キャッテルから教えを授かりました。第一次世界大戦中に米国陸軍とともに被徴兵者を選抜するための心理検査の開発に従事し、のちに精神病院やニューヨーク大学附属病院に勤務したのち、1981年にこの世を去りました。『教育心理学』という有名な著書があり、彼の功績は生前から高い評価を得ています。

さて、このウェクスラーが作った「ウェクスラー成人知能検査」ですが、この心理検査は言語性検査と動作性検査の2種類の検査から構成されています。

このテストは言語性IQ、動作性IQ、合成得点による全検査IQの三つを同時に計測するものです。またそれらのIQのみならず、

  1. 言語理解(VC)
  2. 知覚統合(PO)
  3. 作動記憶(WM)
  4. 処理速度(PS)

という四つの群指数も評価することが出来ます。もう少し詳しい説明をすると、

  • 言語理解 言語に関する理解力と表現力
  • 知覚統合 視覚に基づく知覚および認知の能力
  • 作動記憶 短時間で計算・情報処理を行ったり、思考などを行う能力
  • 処理速度 記号探しなど、認知したものの処理を行うスピード感

などが把握出来るようになります。

IQテストで自分の得意不得意を知る

私たちが自分の脳の処理能力を正確に把握するのは難しいものです。なぜなら脳は自分の主観を構成するものであり、自分自身を一番上手く騙せる器官だからです。客観的に自分の能力や脳の傾向を測ろうとするなら、このような心理検査を利用するのが有効です。

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実際に試してみると、全検査IQ、言語性IQ、動作性IQがそれぞれ100前後の数値で客観的に示されます。また、言語理解、知覚統合、作動記憶、処理速度についてもそれぞれ100前後の数値で示され、値が高ければその分野が得意であり、低ければその分野が苦手であることが分かります。数値の基準としては、90~109が平均、120を超えるとかなり高いものとして分類されます。

例を見てみましょう。

二人の人物がウェクスラー成人知能検査を受け、結果が返ってきました。Aさんは全体的にはIQ130近い値を叩き出しているのに処理速度の群指数だけ80しかありませんでした。BさんのIQは平均的ですが、言語理解に関してだけは70前後と低い値を示しています。

この数値傾向から分かる二人の特徴を想像してみましょう。Aさんは「(極めて優秀だけど)作業速度がゆっくり、おっとりしている」といった評価を得ている可能性があります。逆に作動記憶や処理速度が一般的なのに、言語理解だけ平均よりも低いBさんの場合は「指示内容を理解できない、国語の成績が低い」などの特徴が現れると予想されます。

心理検査を用いると、脳の処理能力に関する客観的な情報を得ることが出来ます。

就職活動で用いられるケースもあります。会社によってはIQテストを利用して新入社員を様々な分野に振り分けるといった形で利用することがありますし、自分の適職を選ぶ際にIQの値を参考にすることもあります。

たとえばAさんのようにおっとりした人には接客業やコンサルタントではなく、一人で黙々と作業する職人的な仕事やプログラミングなど、とっさの判断より深い思考力を要求されるものが向いているでしょう。

逆にBさんは様々な分野で活躍できますが、高度な学問的知識を要求される仕事より機転を利かせる仕事の方が向いていると言えます。

処理能力の特徴を念頭に置くコミュニケーション

ウェクスラー成人知能検査のような心理テストを受けると、このように自分の脳の処理能力を数値で把握することが出来るようになります。また、各群指数のIQをより深く分析し知見を深めると、人間同士の様々な誤解を解くことが出来るようになります。

よくある誤解を挙げてみましょう。「とても勉強ができる人なのに喋るのが下手」「当意即妙の返しをするのに難しい問題に太刀打ちできない」「学歴は低いのに時々深いことを言う」などなど、頭が良い(悪い)と言われているのにどうしてもそのようには見えない……という方と出会ったことのある方もいらっしゃるでしょう。

これは、「頭の良さ(悪さ)」に様々なIQが絡んでいるからです。先ほどのAさんBさんのたとえではないですが、情報処理能力や言語能力はそれぞれ脳の別の部分が担当しているため、偏った成長の仕方をしてしまうのが一般的なのです。そこが分かりさえすれば「この人は言語能力が非常に優秀だけど急な対応は苦手」「この人は短時間で割り振った作業を終わらせるけど地図が読めない」といった形で、より正確に他者を理解できるようになります。

コミュニケーションも同じです。能力によってコミュニケーションの得手・不得手に差異が出ますので、個々人にあったやり方を採用しようと心がけることでより円滑なコミュニケーションが図れるようになります。

たくさんの情報を瞬時に把握し理解するのが苦手な人には、トピックを絞って一つのことについて話をするのが良いでしょう。逆に複雑に考えるのが苦手で複数作業の同時処理が得意な人を相手にする場合は、瞬時に内容を切り替えながら思いついた端から話を続けても良いのですが、あまり難解な話題を選ばないように注意するなどの注意が必要になります。

相手の性質を理解して、その傾向に沿った話し方をするということが大切です。

一般的にコミュニケーション能力が高いと評価されている方は、トークスキルのみならず「話しやすさ」「親しみやすさ」を有しています。喋る練習は自分一人でもできますが、相手と「会話」をするためには、相手の性質を見抜きそれに合わせた対応を取るといった練習を繰り返さなくてはなりません。

会話相手の傾向に沿ったコミュニケーションについてはLesson5でまた改めて学んでいただくことになりますが、ここではまず処理能力の得手不得手を知ることがそのまま「相手を知る」ことに、そして親しみやすさにつながることを理解していただくだけで十分でしょう。

一方で、これらの個人差とはまた異なるものとして、「発達障害」と呼ばれる慢性的な症状が存在します。昨今では広く知られるようになりましたが、この慢性的な症状が原因でコミュニケーションに問題が生じている方も少なくありません。

次のLessonでは、発達障害について正しい知識を得ることにしましょう。